弊社アイジーコンサルティングは、創業以来シロアリ防除方法の研究を行い、現在の防除方法の礎を築いてまいりました。現在も防除業界のリーディングカンパニーとして、各種メーカーや研究機関とシロアリの生態・防除方法や薬剤の開発などの共同研究を行っています。シロアリに関する知見を深め、社会課題解決の新たな可能性を追い求めるためです。
自社内においても、シロアリの生態研究をはじめ、日々の施工や点検の方法、床下環境の最適化に関する研究などを実施しています。その一環として、今年はヤマトシロアリのハネアリを人工飼育して群飛から新たな巣が構築される過程の研究を進めており、産卵・孵化に成功しました。今回は、ハネアリによる新たな営巣活動のプロセスとして孵化や幼虫を育てる様子、本研究の意義についてお伝えします。
1.ヤマトシロアリのハネアリ
まず、ヤマトシロアリにおけるハネアリの存在について説明します。
巣が一定程度成熟した際に、そのコロニー(巣)の2~10%程度の構成員が新たな巣を求めて巣立つのがハネアリです。コロニーの規模によるものの数百~数千匹が一斉に飛び立ちます。ハネアリは風に煽られるようにして飛び、地面に降り立つとすぐ羽を切り離します。その後、基本的には雄雌がつがいとなって列状に動くタンデム行動を行い、ー緒に地中に潜ります。
地中に潜ると、雌が新たな女王として産卵し徐々に構成員を増やします。この段階ではまだ世話役の職蟻は存在しないため、女王と王が自ら子の世話を行います。構成員が増え職蟻が機能し始めると、女王は産卵に集中できるようになリます。そこから産卵数と構成員の増加速度が増し、コロニーが安定的に成長していきます。そのコロニーも成熟状態に達すると、再び次の女王・王の候補であるニンフが登場してハネアリとして巣立ちます。この連鎖の繰り返しにより、ヤマトシロアリは繁殖·種の保存を行ってきたのです。
2.今回の研究目的・意図
ヤマトシロアリは北海道の一部を除く全国に存在しています。しかし、ハネアリは4月~5月の気候条件が整った時のみに発生し、発生場所の予測も非常に困難です。群飛後の繁殖活動は地中で行われるため、自然界で立ち合うことも実質不可能です。
しかし、ハネアリによる営巣は、シロアリの生態研究や防除研究の観点からも非常に重要なポイントです。また、固定の巣を作るイェシロアリなどの種に対し、遊牧民のように住む場所を移動しながら活動するヤマトシロアリは、長期間の人工飼育が難しい種とも言われています。そのため、ヤマトシロアリのハネアリの人工飼育は、シロアリ全般の生態研究の礎にもなります。そこで、群飛後の営巣活動の観察を可能にすること、人工飼育の知見を重ねることによリシロアリ研究の精度を向上するという観点から、ハネアリの人工飼育研究に注力しています。
3.ヤマトシロアリ研究の方法と試行錯誤
シロアリの飼育研究は次の方法で実施してます。今回のハネアリ研究も同様の方法を取っています。
① ハネアリの生育環境を整える
※餌となる材料は複数種(ティッシュ・キムタオル・クヌギマット・セルロースなど)で実験
② 群飛を控える数百単位のハネアリを採取
※密閉容器を使用するなど逃げないよう細心の注意を払っています。
③ 準備してあった生育環境に採取したハネアリを移す
④ タンデム行動を行っているつがいを別々の容器に移す
⑤ 温度、湿度管理に最新の注意をはらって飼育を行う
⑥ 定期観察を行う
シロアリの飼育環境を用意する上では、温度・湿度・土壌に変わる素材を整えることがポイントとなります。
ヤマトシロアリは、温度が6度前後で活動を開始、25~30度で摂食活動が最も活発となるものの30度を超えると生存率が低下すると言われています。湿度については、体の表面に殻がなく乾燥に非常に弱い存在です。土壌は、餌となるセルロースなどを含むシロアリが好む環境を用意する必要があります。このように非常にデリケートなシロアリを観察しやすい状態で飼育するため、様々な方法・素材を用いて環境作りの試行錯誤を繰り返してきました。中でも、最も課題となったのが湿度(水分)の調整です。実際に、飼育に失敗した大半が、水にまつわるものです。湿度が高過ぎると、土壌やシロアリ自体にカビが発生してしまいます。容器の内側に発生した水分に触れたことで身動きが取れなくなってしまったケースもあります。それを懸念して通気を考慮した構造にすると、乾燥しすぎて失敗してしまいます。そのため、結露するかしないかのギリギリのラインでの湿度調整に細心の注意を払っています。
4.ハネアリからの産卵・孵化に成功!
ハネアリの採取から孵化までは次のような経過となりました。
本研究から、産卵まで約2週間、孵化まで約1か月程度要することが確認され、産卵まで進むものが3割、孵化は1割で発生するという結果となりました。人工飼育という環境要因の影響、同性でも夕ンデム行動を行う可能性があり※雄同士のペアだったがゆえに産卵しなかったことも想定されます。しかし、環境が整えば少なくともペアの内1割は孵化まで至り新たなコロニーの形成に繋がる可能性があることが確認できました。
ハネアリは、数百S数千匹の規模で群飛します。そこからペアが誕生し、うち1割が孵化まで到達するとした場合、1群飛につき数十~数百単位の新たな巣が築かれる可能性があるということです。つまり、シロアリ被害がある物件で群飛が発生した場合、条件次第では数十~数百の新たな箇所での被害が始まる可能性があると言えます。通常の蟻道の延長という形ではなく、被害箇所が増え、被害の進行が同時進行するリスクです。したがって、やはリハネアリが発生した際には早期に確実な対応が必要なのです。
(※参考篇松浦健二「ヤマトシロアリの配偶システムと条件的単為生殖」2005(okayama’u.ac.jp))
5.今後の研究予定
今後は、イエシロアリ、アメリカカンザイシロアリなど他の種類のシロアリについても飼育研究を進めていく予定です。
例えば、太平洋沿岸部で生息が確認されているイエシロアリは、もともとは日本に存在しない外来生物でした。しかし、温暖化などの自然環境の変化の影響もあり、従来より内陸部の物件でも被害を確認するケースが出てきています。近年はアメリカカンザイシロアリの被害も知られるところになりました。同様に、これまではヤマトシロアリしか確認されていない地域でも、自然環境の変化や人間の営みの影響によって、従来は他の国や地域でのみ確認されていた種が確認されるようになることも十分にあり得ます。そのため、将来を見据えて様々な種のシロアリについて研究を進めることは非常に重要なことと考えるためです。
今回の研究では、様々な段階のシロアリの飼育方法に関する知見を深めることができました。今後はこの知見も活かしてより研究の精度を高め、研究の幅も広げてまいります。