「ヒノキはシロアリ被害に遭わない」
建築事業者にも一般の方にもこうした認識を持った方が少なからずいらっしゃいます。実際に、「うちはヒノキの住宅だからシロアリ防除施工は実施していない」という建築会社様もありますし、住宅にお住まいの方からも「この家はヒノキだからシロアリは必要ない」と言われたこともあります。しかし、材木のプロである材木屋さんから「ヒノキはマツほどではないけどよくシロアリに食われるから~」と聞いたことがありますし、私たちの現場経験からも、シロアリ被害に遭ってボロボロとなってしまったヒノキの土台や柱などを何度もこの目で見ています。
私たちシロアリや木材の専門家からすると、どうしてヒノキの耐蟻性に対してそこまでの信頼を置けるのか不思議なのですが、世間や建築業界にそういった認識が根強いことも事実としてあると思います。
そこで、「本当に檜だからシロアリは大丈夫と言えるのか?」を実際に検証してみました。
2020年3月からの屋外暴露試験による観察の結果を記載いたします。
1.「ヒノキチオール」という名称による大いなる誤解
ヒノキの防虫性や耐久性を語るうえでよく聞かれる言葉が「ヒノキチオール」ではないでしょうか? 実際に、東北森林管理局のホームページにも
「ヒバ材やヒバに含まれるヒノキチオールは、これらの真菌類に対して強い殺菌作用があることが分かっています。」
東北森林管理局(https://www.rinya.maff.go.jp/tohoku/syo/simokita/hiba/character02.html)より引用
と謳われている通り、ヒノキチオールの抗菌作用や耐蟻性について(出典元:東北森林管理局)は一定の効果を示すことがわかっています。しかし、こちらの文言にもある通り、これは「ヒバ」についてです。ヒノキにおいてではありません。ヒノキチオールはヒバに含まれる成分であり、実はヒノキにはほとんど含まれていません。
ではなぜヒノキにあまり含まれない成分が「ヒノキチオール」という名前になったのか?それは、この成分が初めて発見されたのが「タイワンヒノキ」という樹種だったからです。そこから「ヒノキチオール」という名が付いたのですが、いわゆる日本の「檜」とは異なる樹です。
このような名称によって、ヒノキだから耐蟻性のあるヒノキチオールが含まれているという誤解が生まれた可能性もあるかもしれません。
2.ヒノキ材の屋外暴露試験 試験方法
期間:2020年3月24日~
場所:愛知県宅地内
方法:土壌表面にヒノキ材を置きそのまま放置し経過観察
樹種:廉価的なヒノキ材(産地不明)
3.ヒノキ材の屋外暴露試験 試験経過観察結果
ここからは、観察した写真を主にしてお伝えします。
その3日後
2020年5月24日時点ではシロアリの姿は捉えられませんでしたが、今度は数十頭のシロアリをはっきりと確認することができました。すでに食害し始めていました。
更にその4日後(最初にシロアリ被害を確認して1週間後)
大量のシロアリが食害をしていました。ヒノキ材にしっかりと食痕をつけていることがわかります。やはりヒノキであってもシロアリ被害に遭うことが確認できました。はじめにわずかに蟻道がついたのを確認してからたったの1週間でここまでになるとは、シロアリ被害のスピードの早さを感じずにはいられませんでした。
試験開始からおよそ2か月半
異変が発生しました。
あれだけ大量にいたシロアリが一匹も居なくなりました。材だけでなく、地面側にも一匹もいません。材の内部の木目もわかるくらいにまでの食痕が確認できますので、そこまでは順調に食べ進んでいたように思われますが、いったいどこに消えてしまったのでしょうか?それともやはりヒノキ材には耐蟻性があり、シロアリ被害が最低限で抑えられたのでしょうか?
シロアリが姿を消して1週間後と更にその1週間後
いったん姿を消していましたが、その翌週に確認するとまた姿が戻って来ていました。
前回確認されたほどの大量のシロアリはいませんが、しっかりと食害は進めているようでした。いったい前回居なくなっていたのはなんだったのでしょう?
設置後およそ3か月半経過
7月11日,18日の観察においても、再びシロアリが姿を消していました。ここまで来て、シロアリが姿を消す際にはある共通点があることに気が付きました。それは、雨です。これらいずれの日も雨天でした。このヒノキ材を設置した箇所は宅地の片隅の屋根など雨を遮るものが何一つない箇所です。恐らく、材にあたる雨音やその振動がシロアリにとってはストレスになるためか、雨が降っている間は雨の当たらない地中へ戻り食害はしていないものと思われます。シロアリは湿気を好むと言われていますが、湿気や水分は好んでも降雨は好まないようです。そう思うと、湿気はあっても雨が直接当たることのない住宅の床下は、シロアリにとっては絶好の生息場所と言えるのかもしれません。
ヒノキへのシロアリ被害実態を調査する目的で始めた事ではありましたが、意外な発見もありました。
設置後4か月経過
その後
真夏の猛暑も乗り越え秋に至るまで、その後も順調に食害を進めていました。
ところが、この10月4日にシロアリを確認したのを最後に、以降見られることはありませんでした。恐らく、原因はクロアリです。写真にはあまり映っていませんが、度々クロアリがこのシロアリの巣に侵入しているのを確認していました。シロアリにとってクロアリは天敵です。素早く動き巣の中にまで侵入し強い顎でシロアリを捕らえるクロアリは、甲虫のように固い殻もないシロアリにとってはなすすべがないのです。巣ごと駆逐されてしまったか、クロアリの侵入を受けて別の場所への非難を余儀なくされたか、いずれかではないかと思われます。自然界においては、シロアリは多くの生き物に捕食されます。こういった場所で生き残ることがシロアリにとって決して生易しいことではないのだと感じました。自然は厳しいものですね。そう思うと、外敵の侵入の少ない住宅の床下はシロアリにとってはとても安全な場所なのかもしれません。
シロアリは居なくなってしましましたが、ここまで観察を続けてヒノキがシロアリ被害に遭うということは十分に確認することができました。
冒頭にお伝えした結論の通りですが、ヒノキはシロアリ被害に遭います。ヒノキ材を使用していることを理由に、シロアリは大丈夫,シロアリ防除は必要ない、とする考えは誤った認識だと明確にお伝えしておきます。
4.学識者による研究結果
このヒノキはシロアリ被害に遭うという結果は、今回の調査のような『学校の自由研究レベルの観察』だけではなく、研究者による実験からも裏付けられています。
こちらのヒバの耐蟻性を調べる実験の結果(出典元:東北森林管理局)からもわかる通り、ヒバについてはシロアリに対する効果を示した一方で、ヒノキについては食害されたことが報告されています。
また、樹種別の耐蟻性の区分表によると、ヒノキは中程度で一般的にそれほどシロアリに対して強いとは認識されていないスギやツガと同等に位置しています。これら学識者による研究結果からも、決してヒノキはシロアリに強いとは言い切れない樹種であることはわかっています。
5.まとめ
ヒノキはシロアリ被害に遭います。一般の方の中には、ヒノキの耐蟻性について誤解を抱いている方もいらっしゃいます。建築会社様におかれましては、住宅オーナー様とのあとあとのトラブルを避けるためにも、ヒノキに対する迷信やイメージなどではなく科学的根拠に基づいた事実を伝えていくことがよいでしょう。
また、ヒノキに限らず木材であればどんな樹種であっても絶対にシロアリ被害に遭わないと言い切れるものはありません。耐性に差はありますが、100%はないと思っておいて対策を講じておくことが必要でしょう。
後記
ちなみに、10月以降一切姿を消していたシロアリですが、その翌年2021年6月には再び戻ってきました。同じコロニー(集団)とは限りませんが、易しい環境でなくとも,外敵に襲われても、必死に生き抜くシロアリにはたくましさすら感じます。昆虫すごいぜ!シロアリすごいぜ!